ここでは、私の大好きなオペラのアリアを材料にイタリア語の初級文法のポイントについてお話しします。
私のお父さん
プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」(1918年、メトロポリタン歌劇場で初演)の中で歌われるラウレッタのアリア「私のお父さん」は、小品ながら愛らしい曲で、コンサートで独立して歌われることも多いソプラノ・リリコの名曲です。「ジャンニ・スキッキ」というオペラは知らなくても、この曲だけは聞いたことがあるという人は多いのではないでしょうか。この曲は、もちろんアリアとしても逸品なのですが、実は歌詞にイタリア語の初級文法のポイントが詰まっていて、勉強のための素材としてうってつけなのです。
Mi piace
アリアはまず、ラウレッタの父親への呼びかけから始まります。(以下、歌詞の一部引用)
O mio babbino caro
Mi piace, è bello, bello
オペラ・アリアのタイトルは、歌詞の最初の数語を取ることに決まっていますので、この歌は「O mio babbino caro」という名で知られ、それを日本語に直訳したのが、「私のお父さん」です。この部分でまず注目すべきは、「Mi piace」です。「私は~が好き」という意味のイタリア語なのですが、英語やフランス語と違って、「私」を主語にせず、好きなものの方を主語にして「~が私に好ましい」という表現になります。ここでは倒置になっていますが、通常の語順に戻すと
Mi piace mio babbino caro.(私は優しいお父さんが好き)
という表現になります。実はスペイン語も同じ構文を取り
Me gusta mi querido papá. のように表現します。
不定詞
続いて、ラウレッタは、ポルタ・ロッサに指輪を買いに行きたいと言い出します。(以下、歌詞の一部引用)
Vo’andare in Porta Rossa a comperar l’anello!
Vo’は、「~したい」という動詞の一人称単数現在「voglio」の縮約型、そしてandare(行く)とcomperar(買う。本来はcomperare)が不定詞です。イタリア語の不定詞も前置詞なしに動詞の原形をそのまま使います。なので、「a comperare」のように任意の前置詞と結びつくことができ、使い勝手が良いのです。また、そうであるが故にイタリア語の文法も「助動詞」という概念は必要なく、この文でvoglioは、通常の動詞として扱われます。
この文でもう一つ注目すべきは、主語がないことです。イタリア語やスペイン語は、動詞の活用で認証が分かるので、特に一人称と二人称の主語は省略されることが多いのです。ただ、同様に動詞の活用から人称が分かるフランス語は、基本的に主語を省略しません。この辺が文法の面白さでもあります。
仮定表現
この辺までは牧歌的なのですが、ラウレッタは突然物騒なことを言い出します。(以下、歌詞の一部引用)
E se l’amassi indarno, andrei sul Ponte Vecchio ma per buttarmi in Arno!(もしこの愛が空しいものなら、アルノ川に身を投げるためにポンテ・ヴェッキオの上に行くでしょう。)
「se」が英語の「if」に当たる接続詞、全体として初級文法の最後の方で習うような仮定表現になっています。「amassi」は「amore」という動詞の接続法未完了過去、「andrei」は「andare」という動詞の条件法という形で、ともに英語にはない活用形です。英語は、ヨーロッパ言語としては極めて活用形が少なく、そのために表現しきれないことが助動詞や慣用表現で表される傾向があり、体系的に分かりやすい文法にはなっていないのです。この文ではさらに、動詞と目的語の位置関係「l’amassi」、「buttarmi」も注目すべきポイントです。煩雑になるので細かい説明はしませんが、ここまで見て来ただけでも、イタリア語の文法のポイントが満載です。
オペラ好きの方へ
私は高校生の頃から、かれこれ半世紀近くに及ぶオペラファンです。ニューヨークでは、何度もメトロポリタン歌劇場で、最高に幸せな時間を過ごし、長年オペラを愛してきてよかったとつくづく思ったものです。オペラには、「O mio babbino caro」の外にも、「フィガロの結婚」の「Voi che sapete che cosa è amor」や「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「Voi lo sapete, o mamma」など、イタリア語の勉強にうってつけのアリアがあります。私と同じオペラ好きの方がいらっしゃれば、オペラ・アリアからイタリア語の勉強を始めるのも良いものですよ。

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