ここでは、単語の暗記が無意味なもう一つの理由と、その興味深い例外についてお話しします。

単語の守備範囲

 別の記事(「単語の暗記が無意味な理由」)でも、「単語の暗記」には意味がないということを書きました。その時は、日本語の単語と英語の単語のペアというものは、どちらの言語を使うときにも役に立たないということを主たる理由に挙げましたが、「単語の暗記」が無意味になるもう一つの大きな理由があります。それは、日本語と英語で単語の守備範囲が違うことです。

「run」と「走る」

 例えば、英語の「run」は日本語の「走る」だと覚えたとします。でも、日本語の「痛みが走る」や「緊張が走る」、ましてや「流行の走り」のような言い方は、英語で「run」を使って表現できませんし、逆に英語の「run」には会社などを「経営する」とか状況を「切り回す」いう意味があるほか、前置詞と結びついて「run into(出会う)」、「run out of (枯渇する)」などの意味を表します。つまり、コアな意味において「走る」と「run」が共通していたとしても、そこから派生してどこまでの意味を守備範囲とするかは、全く違うのです。「走る」=「run」だと思い込んでしまうと、却ってこの種の守備範囲の違いの前で戸惑ってしまうことになります。

「modern」と「creature」

 こういう現象は、「走る」や「run」のような基本単語ほど顕著に見られますが、抽象度の高い語彙でもやはり似たようなことは起こります。日本語では「近代」と「現代」を区別することができますが、英語の「modern」は基本的に今この時点を含む概念なので、日本語の歴史区分としての「近代」には使いにくい。また、日本語の「生物」は通常動物と植物を含み人間を含んだり含まなかったりしますが、英語の「creature」は動物と人間を含み植物は含まないのが普通です。

「Crazy」と「おかしい」

 言語が違えば、単語の守備範囲は基本的には違うと考えた方が良いのですが、中には極めて稀に、自国語とほぼ同じ守備範囲を持つ外国語の単語が見つかったりすることもあります。米国人が使う「crazy」がその良い例で、日本語の「おかしい」とほぼ同じ意味範囲を受け持っています。

Have you seen that anime? It’s crazy! (あのアニメ見たかい?おかしいぜ。)
I can’t help calling him every day. Don’t you think it’s crazy? (私毎日彼に電話せずにいられないの。おかしいでしょ。)
Why on earth are they planning such a crazy project? (あいつらは何だってそんなおかしなプロジェクトを計画してるんだ?)

 このように「面白い・笑える」という意味でも、「変だ」という意味でも、「不適切だ・間違っている」という意味でも使えますし、この他でも米国人が使う「crazy」は、「おかしい」と訳してまず問題ありません。
昔は、「気が変になっている」という意味でも使われましたが、精神疾患への配慮が進むと同時に語の意味範囲自体の遷移が起こり、現在ではまずそのような用法は見かけません。少なくとも米国では、日常会話において差別的な含みがある言葉として扱われることはないと考えて良いでしょう。
 どちらかと言えばくだけたカジュアルな表現として使われることが多く、余り深刻な表現として使われることはないというのが私の印象です。良いニュアンスでも悪いニュアンスでも使いますが、比較的軽い意味で使われることが多いように思います。カジュアルな会話の中で、日本語の「おかしい」の代わりに「It’s crazy!」を是非試してみてください。


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です