ここでは、生涯英語と無縁に生きてきた職人と英語との不思議な関係について書いてみました。
大島で国際優秀つばき園の認定を取った施設の中に民営のつばき園、「椿花ガーデン」がありました。社長の山下さんは最高の椿職人ですが、英語はもちろん勉学とも無縁の生活を送って来た人で、当時65歳でした。しかし、とにもかくにも施設の管理者に英語で説明してもらわないことには審査に通りません。かくして山下社長に英語を喋ってもらう大作戦が開始されたのです。
まず、山下社長に日本語で説明したいことを書いてもらい、英語の得意なメンバーがそれを英訳します。それを米国人ALTのジェームス君に修正してもらった後、日本人で発音がきれいなメンバー(最初からネイティブの発音を渡しても聞き取れないのではないかと懸念したのです。)が読み上げて録音します。そして英文にフリガナをつけたものと録音を山下社長に渡し、「何を言っているか全く分からなくて良いので、とにかく音を聞いて、同じように言えるようになってください。」とお願いしました。プロジェクトの趣旨には賛同していただき、私たちとの信頼関係もできていましたから、社長は不安な顔をしつつも、引き受けてくれました。
しかし、やると決めたらそこは職人、一日中椿の作業をしながら聞き続け一緒に発音する努力を3週間もやり続けてくれました。いわば、3週間の間、1日8時間以上のシャドーイングを続けたのです。録音は山下社長の耳が慣れた頃にジェームス君が読んだものに変えました。
結果は、プロジェクトとしては大成功でした。山下社長の、少なくとも表面的には流暢な英語に、英国人の審査員もいたく感心して、高い評価をしてくれました。
ここまでは成功談なのですが、この話には続きがあります。この経験をきっかけに山下社長が英語に堪能になるという現象は起きていません。山下社長自身が格段にリスニングや発音の能力を向上させたということもありません。集中的シャドーイングの成果はそこまででした。
シャドーイングという手法が無意味な訳ではありません。現に山下社長は短期的に大きな成果を挙げた訳ですし、私も新しい言語の学び始めの時などによく使います。ただ、シャドーイングは畢竟道具ですから、要するに「使いよう」なのです。