カテゴリー: 多言語ミニ知識

  • イタリア語の起源

     イタリア語の起源には、実は少し不思議な話があります。現在の「イタリア語」という言語は、19世紀の作家アレッサンドロ・マンゾーニが、「いいなづけ」(I promessi sposi)という小説を書くときに、トスカナ語の語彙にフランス語の文法を適用して作り出した人工言語である、というのが通説になっていて、私もそのような説明を受けていました。19世紀のイタリア統一前、イタリアには多数の方言が存在し、共通語が必要とされていた時代のことです。

     私は先にフランス語を学んでいましたから、イタリア語の文法の勉強はきっと楽だろうな、と期待していたのです。ところが、実際にイタリア語を勉強してみると、フランス語とは全く違うことがたくさん出てきます。そもそも単数と複数で名詞の語尾の母音が変わるし、命令形の作り方も違います。その他にも、大筋の考え方が一緒でも細かい規則が一々違ったりして、紛らわしいことこの上ありません。結局、「文法はフランス語と同じ」という先入観のせいで、習得には余計時間がかかることになってしまいました。

     さすがに不思議だったので、ある時イタリア人に聞いてみたことがあります。「イタリア語は、フランス語の文法を使ってマンゾーニが作ったと聞いていたが、勉強してみたら文法がまるで違う。あのイタリア語の起源の話は本当なのか?」と。すると彼は、イタリア語の起源については間違いないと答えた上で、推測としてこんな風に言っていました。「イタリア語はローカルな言語で余り変化していないけれども、フランス語は植民地を持って世界に広がる過程で文法が整理されたり、単純化されたりしたんじゃないかな。」

     彼の推測が当たっているのかどうか、残念ながら今のところ確かめられていません。でも、仮説としては魅力的だと思っています。

    追記;マンゾーニ「いいなづけ」の魅力

     このブログの趣旨とは外れますが、これだけはどうしても言っておかないといけません。イタリア語の起源として名高いマンゾーニの「いいなづけ」は、一個の文学としても非常に面白いので、絶対にお勧めです。内容が面白いだけではなく、前半と後半で作風がガラッと変わるのが、実に興味深いです。冒頭から本筋に関係のない多くのエピソードを交えた前近代的スタイルで進んできたと思ったら、インノミナートという人物の登場を境に、人物の心理と性格にフォーカスした近代小説に変わってしまうのです。私は、平川祐弘訳の重い本で読みましたが、文庫版も出ています。大長編で、簡単には手に取れないと思いますが、是非記憶の片隅には置いておいてください。

  • 過去にはいろいろ…

     英語の時制がなぜ分かりにくいのか。他のヨーロッパ言語と比べると、その理由がすっきり見えてきます。

    ヨーロッパ言語で「時制」は表現の要ですが、そのあり方は言語によってかなり違います。一口に「過去」と言っても種類があり、私が学んだ言語の基本的なパターンは、フランス語とイタリア語のように「複合過去」と「半過去」からなる形です。「複合過去」は、英語の「現在完了」にほぼ相当する複合型(ただ、haveの代わりにbe動詞を取る動詞があって、もう一段複雑です。)で、その出来事が過去に起こったことを単純に表すとともに、過去の経験を表します。これに対して半過去というのは、過去の進行中の出来事、過去に反復された出来事などを表します。

     スペイン語には、「点過去」と「線過去」があり、概ねフランス語の「複合過去」が「点過去」、「半過去」が「線過去」に当たりますが、「点過去」は複合型ではなく独自の活用があります。そして、「点過去」とは別に複合型の「現在完了」も存在し、その分「点過去」は「終わってしまったこと」のニュアンスが強くなります。

    フランス語の複合過去:
             J’ai mangé.
          半過去 :
             Je mangeais.
    スペイン語の点過去 :Comí.
          線過去 :Comía.

    ラテン語には複合型の時制はなく、過去は「完了」(「複合過去」、「点過去」に相当)と「未完了」(「半過去」、「線過去」に相当)で構成されます。他に過去完了と過去未来があるのですが、話がややこしくなり過ぎるので省略します。

     さて、英語です。英語には、「半過去」、「線過去」、「未完了」に該当する時制がありません。しかし、過去形のほかに「現在完了」があります。その結果、本来水と油のはずの「現在完了」が「半過去」の役割を担うと同時に、過去の継続中の行為については、「過去進行形」という形が作られて、文法的にすっきりしない複雑な形になり、初めて学ぶ人には大変分かりにくくなってしまっているのです。これは、英語の世界の中だけで頭をひねってうんうん言っていても解決するものではなく、こうして他の言語と比べてみることで、初めてすっきり頭に入ります。

     他の言語には存在する文法が存在しないために、表現のルールがややこしくなってしまう例は、何も英語だけに限った話ではなく、多かれ少なかれどの言語にもあります。簡単ではないですが、複数の言語を同時に学ぶことには、こんなご利益もあるのです。