米国のDonation文化

 米国はチャリティ文化の国だなどという話は、一度や二度は耳にしているかもしれません。実際に暮らしてみると、米国の寄付文化というのは、私たちが日本にいて想像できる範囲を遥かに超えた物凄いものだということが良く分かります。ここではその一端をご紹介します。

MET が寄付で運営されている

 私はオペラが好きなので、メトロポリタン歌劇場に度々通えるニューヨーク生活は、その面では天国でした。そして、そのチケット代が安い。ほとんど舞台が見えない席で良ければ日本円換算にして3000円程度で手に入ります。私は概ね1万5000円相当くらいのチケットを買っていましたが、十分満足の行く席で見られました。チケットが安いのは、税金が投入されているからではありません。実は、あの壮大なメトロポリタン歌劇場も主として(年間収入の50%かそれ以上)寄付によって運営されているのです。

 この寄付、英語ではDonationと言いますが、本当に米国社会の隅々まで浸透しています。そして信じられないくらい巨大な金額が動きます。別のところで、米国ではどんな集まりにもReceptionが付き物だと書きましたが、Receptionとともに欠かせないのが、このDonationの呼びかけです。講演会でもシンポジウムでも会議でも、最後にDonationのお願いがないことは、まずありません。それで、見ていると実際かなりの数の参加者が寄付に応じます。

無料イベントでも寄付が当たり前

 私の経験した例ではこんなことがありました。セントラル・パークの芝生で無料の野外演劇があるというので見に行きました。とにかく役者たちのレベルが高くて、すっかり感心しながら見ていたのですが、お芝居が終わって挨拶が済むと、おもむろに主催者がこう言いました。「本日はご来場ありがとうございました。それでは、おひとり25ドルの寄付をお願いします。」観客の中に「無料だと言っていたじゃないか」と怒り出す人はなく、みんなWonderful!などと言いながら楽しげに寄付しているのを見て、つくづくこういう文化なのだと感じました。

政治献金も Donation 文化の一部

 ただ、このDonation、良いことばかりではありません。実は政治家や政党の収入というのも、ほぼこのDonationで賄われていて、日本では信じられないことですが、選挙の時など、ある候補者が優勢なことを示す指標として「すでに〇〇万ドルの寄付を集めた」などという報道が普通になされます。「政治献金」自体にどこか不寛容な日本に比べて、米国では、政治献金もDonation文化の一部として、さほど問題視されていないように見えます。もちろん、政治家が一般国民よりも大口寄付者の意向に左右されるという批判はありますが、だからと言って寄付自体を規制すべきだと主張する人は多くないようです。

Donation は米国理解の鍵

 このDonationに着目すると米国の社会と文化の様々な面が見えてきます。日本ではあまり認識されていないかもしれませんが、Donationは、米国という国を知るために、欠かすことのできない要素なのです。

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