このブログの中で何度も言及していますので、ここで「仮説思考」の巨頭というべき哲学者カール・ポパーの紹介をしたいと思います。
カール・ポパーとは誰か
カール・ポパー(1902-1994)は、20世紀を生きたオーストリア出身の哲学者です。主として科学哲学の分野で活躍した哲学者として、「反証可能性」理論の提唱者として知られていますが、政治や社会についても興味深い提言を多く残しています。ポパー自身はカトリックでしたが、ユダヤ系の血筋を引いているということで、1937年にナチスの弾圧を逃れてニュージーランドに移り、戦後友人であったフリードリヒ・ハイエクの招きでロンドン大学に移ってからは、生涯ロンドンを活動の拠点にしました。
西洋哲学と「真理」の問題
西洋哲学は、古代ギリシアの時代から「真理」の探究をその中心課題として、「絶対的な真理」とは何か、あるいは人間が如何にして「確実な知識」にたどり着けるのか、という問題を議論してきましたから、「仮説」という発想が入り込む余地は余りなかったと言ってよいでしょう。ポパーによってこの問題が正面から採り上げられたのは、自然科学をどう考えるのかという文脈においてでした。
帰納法の問題(ヒューム)
コペルニクスやガリレオやケプラーらが活躍したいわゆる「科学革命」の時代に、フランシス・ベーコンが「ノヴム・オルガヌム」を発表し、観察と実験による帰納の方法こそ、偏見を克服して真理に至る道であることを高らかに宣言します。しかし、18世紀に入ってベーコンの方法論に深刻な挑戦者が現れます。それがデイヴィッド・ヒューム(1711-1776)です。ヒュームが問題にしたのは、「帰納法」という方法論が果たして論理的に成立するのかということ、より厳密に言えば、観察事実から命題や理論を論理的に導くことはできるのか、ということです。カラスを何百羽捕まえてその全てが黒かったとしても、その観察事実と「全てのカラスは黒い」という一般的言明の間には論理の飛躍があります。また、一万羽の黒いカラスを観察したとしても、一万一羽目のカラスが赤いことを「論理的に」否定することはできません。しかし、このヒュームの問題提起は、近代自然科学の圧倒的な成功の陰で、さほど真剣には扱われてこなかった感があります。
論理実証主義との対立
ヒュームの問題が再び脚光を浴びるのは、20世紀に入って論理実証主義と呼ばれる哲学者の一団(彼らの活動の中心地はポパーが幼少期を過ごしたウィーンでした。)が、「検証可能性」こそが「有意味な命題」の基準だと主張した時です。ポパーの理論も、この論理実証主義に反論する形で登場するのです。論理実証主義者は、ヒュームの問題提起に対して「検証可能性」を擁護しようとしましたが、結局失敗します。しかし、帰納論理が成り立たないとしたら、科学は事実の観察や実験に根拠を置けないことになり、それは、長らく信じられてきた科学の方法論を根底から揺るがすことになります。観察や実験に基づかないのであれば、いったい科学とは何なのかということです。
ポパーの解決:反証可能性
ここで、ポパーは「検証」と「反証」の非対称性に注目します。理論が絶対に正しいことを「検証」することはできないけれども、観察や実験によって理論が間違っていることを明らかにする(「反証する」)ことは可能です。言い換えれば、どれだけ根拠を集めても「絶対に正しい」とは言えないけれども、間違っていることは確実に分かるということです。だから、反証される可能性のある理論は、科学理論として扱ってよいし、扱うべきだというのがポパーの解決でした。
確かに、ポパーの理論によって観察や実験の価値は守られましたが、科学理論は「真理」としての地位を失いました。全ての科学理論は、「まだ反証されていない仮説」としての身分に留まることになります。このことによって、恐らくは長い西洋哲学の歴史で初めて、「仮説」が哲学の主題となったのです。
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