脳科学を考える

問題意識

 英会話産業のHPや広告を見ていると、「脳」を話題にしているものが多数目につきます。「英語脳をつくる」、「問題は脳の使い方」、「脳科学に基づく〇〇」のような言い方を目にしたことがある方も多いと思います。ここで私はそう言った表現を使っている方々を批判しようとは思いません。ただ、脳科学研究に詳しい訳ではなく、自分でオリジナルソースを参照することも困難な素人が、専門的な研究に対してどのようなスタンスを取った方が良いのか、というお話をしたいと思います。大変哲学的に難しい話になりますが、できるだけ分かりやすく説明しますので、ついて来てみてください。

脳科学を考える

 大原則は、「合理的な疑いを容れる余地があることは、判断を保留して、直ちには信じない。」ということだと思います。言い換えれば、自分に能力や機会が不足しているため、その理論自体の当否が確認できない場合、「疑うのに十分な理由」があるかどうかで判断するしかない、ということです。

脳科学の扱う領域

 一般に「脳」という器官が司っていると考えられているのは、意識、認知、感覚、感情、記憶、思考などの機能です。これらはいずれも、「意識とは何か?」、「感情とは何か」、「思考とは何か」などと聞かれると途方に暮れてしまうくらい、明確に捉えるのが難しい概念です。実際、これらの概念は昔から哲学者たちの議論の的になり、そして、いまだに解決を見ていません。一方で、私たちは通常の生活の中で、これらの言葉を使うのにさほど困難を感じません。これらの言葉が日常語の文脈で何を意味しているかについては、概ね私たちの間に了解が成立していると考えられます。

定義の難しさ

 さて、これらの概念で表される機能が、脳の働きとどのように関わっているかを実証的に研究しようと思ったら、これらの概念を客観的に観測可能な形で定義しなければなりません。これが如何に難しいことかお分かりになるでしょうか。まず、脳内プロセスを定義に混入させてしまうと、説明しようとするものを初めから前提してしまうという「論点先取」になるので、「脳」自体を定義には使えません。一方で哲学的に定まった定義は存在せず、しかもその定義は私たちが日常これらの言葉を使っている時の用法とかけ離れてはいけません。誰も使っていない意味で概念を定義しても、それは一般に使われる概念を説明することにならないからです。こうした事情は、「脳科学」が素人に対して、「合理的な疑いの余地」を残すのに十分だと思います。

判断の保留

 以上のように考えれば、脳科学が脳内の物理的なプロセスを対象としている限りは素人が何も言うことはないけれども、脳内プロセスが私たちの何らかの認知や感情や行動にどのように影響しているか、という話になったら、その「認知や感情や行動」がどのように定義されているかを確認できない限り、判断を保留して肯定も否定もしない、というのが賢明な態度だと思われます。

科学理論に対する態度

 脳科学に限らず、科学理論というものを、その前提条件や研究プロセスや残存課題などを無視して、結論だけ聞いて信じるのは避けるべきです。ましてや理論そのものではなく、その応用だけを示されて、科学的に立証された理論に基づくものだから信用しろと言われても、全く無理な相談です。そもそも科学理論は、カール・ポパー的な意味で「立証」されませんし、仮に理論が「立証」されていたとしても、その適用が正しいかどうかは別に判断しなければなりません。

 いろいろ、ややこしいことを書きましたが、結論は至ってシンプルです。お互い、自分の「分からないこと」を信じるのはやめましょう。それだけで、何かに騙されることは、ずっと少なくなるはずです。

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