論語の翻訳

 ここでは、自分のこれまでの経験を踏まえて「翻訳」について考えます。

米国人に論語を教える

 米国滞在中は、日本でALT(外国語指導助手)として働き、米国に帰国したJET Alumniの皆さんと交流する機会を多くいただきました。そのメンバーの一人から、ある時、何でも良いから論語の言葉を書いてもらいたいというリクエストがありました。どういう話の流れだったかはよく覚えていませんが、日本人が使っているのを見て格好良いと思ったので、是非自分も知りたい(書いて見せて自慢したい)という話だったと記憶しています。そこで、ネットで調べながら「学而不思則罔、思而不学則殆」という文字を書いて彼に渡しました。これはどういう意味だと彼が聞くので、次のように答えたのを覚えています。「Learning without thinking, it’s ridiculous. But, thinking without learning, it’s dangerous.」

 学術的に見れば、「殆し」をdangerousと訳して良いのかなど、議論があると思いますが、彼が、「こんな難しい日本語を知っているんだ」と友人に自慢するにはこれで十分です。万が一日本人に聞きとがめられても、「米国人にしては上々の理解」と認めてもらえる範囲だろうと思います。

翻訳はクリエイティブな作業

 翻訳は和文英訳とは違います。翻訳を届ける相手と目的によって何をどう伝えるかを考えないといけません。原文に「東京ドーム7個分の広さ」と書いてあるとき、和文英訳問題なら「seven times as large as Tokyo Dome」で正解でしょうが、東京ドームを知らない人には何も伝わりません。さりとて、何㎡とか何平方マイルなどと面積を書くと、筆者が広さを強調したがっていることが伝わりません。スペースに余裕があれば、「Japanese speakers like to use the comparison with Tokyo Dome when they want to emphasize the largeness of the subject,」などと注を付ける手もありますが、スペースに余裕のない小さなリーフレットの中なら、より世界中に知られた競技場と比べるか、世界的に規格が同じ400mトラックと比べるか、或いは諦めて「とても広い」とだけ書くか、様々な考えられる選択肢の中から選ばないといけません。翻訳というのは非常にクリエイティブな仕事なのです。

もう一つ論語の翻訳

 さて、もう一つこれもJET Alumniの会合でRemarkに使った論語の翻訳を紹介させていただきます。いろいろご批判はあるでしょうが、私としては「なかなか格好の良いことが言えた」と自己満足にふけった一節でした。

There is a saying of Confucius, “How delightful it is to have friends in a distant place and to get their visit from time to time.” I believe every one of you here was once a friend from a distant place for Japanese people. This time, we wish to be yours.
(孔子の言葉にこういうものがあります。「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」。ここにいらっしゃる皆さんひとり一人がかつて日本人にとって、「遠方からの朋」だったことを疑いません。今回は私たちが皆さんにとって、そうなりたいと願っています。)

5月の1Dayセミナーの募集は終了しました             


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です