ここでは、「銃社会アメリカ」を理解するために必ず押さえておかなければならない重要なポイントについてお話しします。
銃をめぐる噂話
ニューヨークの日本人社会で、こんな噂がまことしやかに流れていました。ある日本人が、道端に停めた車の中にいるときに外から警察官に声をかけられた。何ごとかと思いながら車から降りて警察官に話を聞こうとした瞬間、取り押さえられて連行されてしまった。警察官に呼び止められて、わざわざ車から降りて向かってくる奴は銃を持っているに違いないと思われたらしい。
この話の真偽は分かりませんが、私自身も米国人からこんなアドバイスを受けたことがあります。「座って人と話すときはデスクの上に両手を出したほうが良い。両手が隠れて見えないと、銃を持っているのではないかと疑われることがある。」
ほぼ誰も銃を持っていない国で暮らしている日本人には、直観的に理解することが難しいのですが、米国が「銃社会」であることは広く知られています。私が滞在したのは、幸いにして比較的治安が保たれていた時期でしたが、それでも数か月に一度は乱射事件や発砲事件のニュースが入ってきました。そしてそんな事件があると必ず、「銃規制」を巡る論議が盛り上がります。
武器の所持と携帯は「基本的人権」
銃規制についてどんな意見を持つにせよ、一つ絶対に抑えておかなければならないことがあります。それは、米国で「武器の所持と携帯」は憲法に定められた「基本的人権」だということです。合衆国憲法修正第二条は、次のように定めています。
A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.
(規律ある民兵団は、自由国家の安全保障にとって不可欠であるから、国民が武器を所持し携帯する権利は、これを侵してはならない。)
憲法に定められた人権を制約することがどれだけ重大なことか、ご理解いただけると思います。ましてや、憲法から人権条項を削除して、憲法に定められた人権を廃棄することは、もはや不可能なのではないかとすら思われます。我が国の憲法は基本的人権について、「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と規定していますが、米国でも人権に対する認識は同様で、「人権は、神から与えられたもの」という発想は、憲法擁護を強く主張する保守派の人たち(日本では保守派が改憲、野党が護憲という捻じれた構図になっていますが、これは国際的にみるとやや独特の現象です。)に広範に支持されています。
慎重な立場が必要
銃規制について、どのような立場をとるにせよ、この問題が「憲法に定められた人権の制約」という極めて重い問題であるということは、認識しておく必要があります。私自身は、自分のような外国人が、こういう重大な問題について軽々しく論ずるべきではないと考えています。
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