ここでは、「事務所」を表す語彙にまつわる知識についてお話しします。
ラテン系言語の「事務所」
同じラテン系言語の中で、「事務所」を表す語彙は、フランス語とスペイン語・イタリア語の間で大きく違います。これは、スペイン語とイタリア語が共にラテン語起源の言葉を採用しているのに対して、フランス語だけが独自の発展を遂げたからです。フランス語で事務所を表す単語は「bureau」で、机を覆う「burel」という毛皮に由来があるらしく、他のどの言語とも似ていません。これに対して、スペイン語の「oficina」とイタリア語の「ufficio」は、共にラテン語の「officium」に語源があります。
ラテン語のofficium
ラテン語の「officium」(ちなみにこれは中性名詞で、複数形が「officia」になります。)は、「事務所」というよりは「仕事」そのものを表す言葉で、それも近代的な意味での賃労働ではなく、自由人の務めとしての公職から更には「人間として果たすべき義務」といった意味範囲を受け持ちます。言ってみればかなり高尚な種類の「仕事」を意味しており、通常「義務論」と訳されるキケロの著作は原題が「De officiis」となっています。ちなみにDeは英語のaboutに当たる前置詞、officiisはofficiumの複数奪格という活用です。もちろんキケロは、「人としてなすべき義務」について論じているのですが、officiumが複数形になっているように、「人としてなすべき本質的な義務」というより、「人としてなすべき様々な義務」を問題としているあたりに、キケロらしさ、ひいてはローマ人らしさが感じられるように思います。
イタリア語のuffizzi
イタリア語の「ufficio」の複数形が「uffizzi」で、美術に関心がある方ならあるいはご存知のフィレンツェにある「ウフィッツィ美術館」の名の由来になっています。これは、「1560年にトスカーナ大公国のコジモ1世が、行政・司法機関(いわゆる役所・オフィス)を集約するために建設した庁舎」が後に美術館に転用されたことから、この名がついたという話です。
英語の場合
さて、そして英語です。英語はフランス語の影響を強く受けた言語なので、元々のラテン語起源の「office」とフランス語独自の「bureau」を両方語彙の中に採り入れています。ただ、通常「事務所」の意味に使われるのは「office」の方で、「bureau」は行政機関などの「組織」を指すことが多いという使い分けがあります。米国の映画やドラマでおなじみのFBIは、「Federal Bureau of Investigation」(連邦捜査局)の頭文字を取ったものです。実はフランス語にも「office」という単語はあって、英語とは逆に「組織」の方に主として使われます。もちろん両方とも例外はあって、英語の「information bureau」やフランス語の「office comerciel」のように場所を指すために使われもします。
世界に広がったフランス語
「bureau」という言葉は、フランスで独自に形成された言葉ですが、18世紀、革命前のアンシャン・レジーム期に造語された「bureaucratie」という言葉が19世紀以降各国に移入されていくことになります。元々フランスでは絶対王政下で官僚組織が発達し、アンシャン・レジーム期には既に官僚組織の肥大化が問題になっていました。19世紀から20世紀にかけて欧米各国で近代化に伴う官僚組織の規模の拡大と権限の強化が問題になっていく中で、この言葉は各国で盛んに使われるようになります。そして今では、「bureaucracy」が世界中でフランス発祥の用語を伴って議論されているのです。
同じ「事務所」でも、語源の違いが文化や歴史の違いを映し出しているのです。
コメントを残す