私は滞米中に一度だけ、トランプ大統領(1期目)のスピーチを会場で生で聞いたことがあります。それは、任期の終わりも近い2020年3月初めのことでした。その半月後にはコロナの緊急事態宣言が出て、全米が大混乱に陥ることになるのですが、スピーチが行われた頃、コロナはまだ米国にとって「対岸の火事」という意識が強く、日常生活や公的行事などに全く影響が出ていませんでした。
予めお断りしておきますが、私の意図は、ドナルド・トランプ大統領という人物について、米国滞在中に私自身が見聞したことをお伝えすることにあり、彼を賞賛する気も批判する気もありません。他国のリーダーについて、偶々滞在しているだけの外国人が軽々しく支持したり反発したりすべきではないというのが、米国滞在中からの私の一貫した姿勢です。
NACoと言う団体
私がトランプ大統領のスピーチを聞いたのは、全米カウンティ協議会(NACo)という団体の春季大会の会場でした。日本では、まず「カウンティ」の存在自体が余り知られていませんが、州と市町村の中間に位置する自治体で、概ね日本の都道府県かそれより大きな地域を管轄している「広域自治体」です。主たる役割として道路や橋梁などのインフラ施設の整備・維持管理や病院などの広域利便施設の経営などですが、米国では市町村が国土全体を分割しきっていないという事情もあり、通常は市町村が行うような福祉などの基礎的自治体業務を担っているところが多数あります。組織としては、首長を置かず、概ね10名以内の委員で構成される合議制のカウンティ委員会(Council)が代表権・決定権を持ち、実務は任命したカウンティ・マネジャーに委ねるという運営形態が一般的です。そして、全米のカウンティによって組織された団体が全米カウンシル協議会(NACo)で、メンバーの中心は各地のカウンティ委員会の委員とカウンティ・マネジャーです。
米国では一般に、一人を選ぶ選挙では民主党が強く、複数人を選ぶ選挙では共和党が強いという興味深い現象が見られます。これは恐らく、民主党支持者が人口の多い都市に集中していることが原因でしょう。このため、首長を置かないカウンティは、州や市町村に比べて保守色が強い傾向があり、NACoもBig7と呼ばれる自治体の全国組織の中で、一番保守系の色が強い団体になっています。だからこそ、現職のトランプ大統領が総会に来場して講演を行うという運びになったのでしょう。
トランプさんという人物
前置きが長くなりましたが、公演が行われたのは2020年3月3日、ワシントンヒルトンホテルのボールルームでした。さすがに現職の大統領が登壇するということでセキュリティチェックが厳しく、部屋の入口に設けられたチェックポイントに長蛇の列ができていました。漸くチェックポイントを抜けて会場に入ると、ご相伴に預かったに過ぎない立場を弁えて隅に近い席につきました。尤も、近くで見ようと思っても、もう演台に近い席は熱心な支持者に占められていましたが。
席に着くと、たまたま隣になった女性の参加者が話しかけてきました。アリゾナ州から来たと言うその人は、地元でトランプ大統領と一緒に撮った写真を自慢げに見せながら、トランプさんが自分たちのカウンティまで来てくれたこと、それが自分たちにとってどれほど素晴らしい経験だったかということを、かなり熱っぽく興奮気味に話してくれたのを覚えています。
トランプさんという人は、色々言われてはいても、本人と実際に一度対面すると、多くの人がすっかりファンになってしまうという話を、滞米中何度か聞きました。また、会った人のことを実によく覚えているとも言われます。自らの不動産グループが経営する施設の従業員は、ホテルのポーターやゴルフ場のキャディまで覚えていて、会えば、「おいジョージ、リウマチは良くなったかい?」、「やあ、メアリー元気かい?お子さんはもう中学生だったな。」などと気軽に声をかけるので皆から慕われるとか、病気で手術が必要になった時に、まだ3回しかあったことのないトランプさんからお見舞いの電話がかかってきた、というエピソードを耳にしました。
そういう話を聞きながら、私自身は、ドナルド・トランプという人は日本で言えば田中角栄元首相のような人なのかなと想像していました。政治のアウトサイダーからトップへの躍進、敵も多く反対陣営からはとことん嫌われていること、そのバイタリティや伝え聞く人たらしぶりまで、イメージが重なりました。
私の想像が当たっているかどうかに関わらず、隣の席のアリゾナから来た女性がすっかりトランプさんのファンになっていることだけは、間違いなさそうでした。
熱狂する会場
もう一人のゲスト・スピーカーだったマイク・パウエル元国務長官が降壇し、トランプ大統領がステージに姿を見せると、会場の熱気が一気に高まりました。トランプ支持者を象徴するアイテムに「MAGA Hat」があります。赤い帽子の正面に「Make America Great Again」と書いてあるのですが、トランプさんの支持者集会では会場が真っ赤に染まるくらい皆が被ってきます。講演会自体はNACoの公式行事であり、当然誰もが仕事として参加しているので、皆基本的にビジネス仕様の出で立ちなのですが、トランプさんが現れた途端に、見た目で会場の7割くらいの人がどこからともなくMAGA Hatを取り出して周囲が真っ赤になったのが印象的でした。
トランプさんの一言一言に喝采が起き、時にはスタンディング・オベーションまで始まります。途中、この時期にトランプ支持者が良くやっていた「Fore more year」(もう一期)コールが始まった時には、トランプさん自身が、「ちょっと待てよ。今日は支持者集会(Rally)じゃないんだから」とたしなめる一幕までありました。
NACoは自治体関係団体の中では保守色が強いとは言え、超党派組織には違いないので、当然メンバーの中には民主党系の人も少なからずいます。しかし、あの時の会場の盛り上がりや熱狂ぶりから考えると、民主党系の人たちはほとんど出席していなかったのではないかと思います。トランプさんが好きな人はとことん好きだけど、嫌いな人は顔も見たくないという状態なのは、争えないところです。
トランプ大統領の講演
講演の趣旨は、政権発足以来NACoがインフラ政策に大きく貢献してくれたことに感謝するとともに、今後とも是非良いパ-トナーシップで米国のインフラを充実させていこうという呼びかけ・協力要請だったのですが、実際には公演時間の多くは、政権の実績の誇示に費やされました。聞いた私の率直な感想としては、言っていることも喋り方も、テレビや動画を通じて見ているトランプさんと変わらないなと思いました。
ただ、それはもしかしたら凄いことなのかもしれない、とも思います。トランプさんというと、あまり深く考えずに、思い付きで言いたい放題のことを言っているという印象が強いかと思いますし、批判する側だけでなく、支持者の方もそんな「率直で奔放な物言い」を歓迎しているきらいがあると思います。しかし、ここまで生で見るのと動画などで見るのとで、内容も喋り方も全く同じで印象が変わらないということは、もしかしたらこれは思い付きの発言ではなく、計算づくの演技なのではないかとも思えるのです。「演技」というのが言い過ぎであれば、少なくとも事前に綿密に準備をしたうえで、効果を計算しながら喋っているのではないか、という言い方の方が良いかもしれません。
そう思ってみると、思い出すことがあります。保守系FOXニュースでキャスターとゲストが話している時に、トランプ大統領に話が及び、次のような発言をしていました。「ほら、大統領はプライベートで会うとまるで印象が違うでしょ。私は、一度本人に聞いてみたことがあるんですよ。あなたは全然そういう人じゃないのに、どうして人前に出るときに、あんなギャングみたいな強面の悪面相を装うんですか、それで随分損をしてるんじゃないんですか、ってね。」その時大統領は「まあ、色々事情があって…」などと言葉を濁していたという話だったと思いますが、そこは記憶が判然としません。
まあ、政治家のことですから、どこまでが本音でどこまでが計算か、素人に見分けがつくはずもありません。ただ、トランプさんという人が「見た目そのまま」の人物であるかどうかについては、少々疑ってかかる必要がありそうです。
トランプ支持者
最初にも申し上げた通り、他国の大統領について肯定的にも否定的にも評価する気はありません。ただ、最後に一つ言っておきたいことがあります。私は、NACoの人たちとは日頃から付き合いがあり、総会に出席するのもその時が初めてではありませんでした。なので、あの時会場でトランプさんの講演に熱狂していた人たちが、何ら特殊な人たちではなく、ごく普通の米国人だということは強く請け合います。しかも、都道府県規模の自治体の運営に当たっている人たちですから、社会のことを良く考えている立派な人が沢山います。
トランプ大統領をどのように評価するかは本人の価値観次第ですが、自分が拒絶するからとて、あんな奴を支持しているのはどこかおかしいか、何か特別な事情がある奴らに違いないと考え、「トランプ支持者」とはどういう連中かなどという余計な問題を持ち出したりするのはやめた方が良いと思います。その問題の答えは、どのみち「自分たちと異質な部分」を探し出し、場合によっては作り出してしまう方向にしか向かいません。何ら特殊ではないごく普通の米国人の多くがトランプ大統領を支持しているのだ、という当たり前のことを見失うと、米国に対して大きな誤解をすることになると思います。

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