はじめに
今回は、「妊娠中絶問題の前提-アメリカン・コンサーバティブその5」で述べた認識を前提にして、妊娠中絶に反対するプロライフ、特に一切の条件を問わない「過激派」、「絶対禁止派」の思想と行動についてお話ししたいと思います。最初に申し上げておきますが、私自身は日本の現行制度に全く問題は感じていませんから、立場としてはプロライフの穏健派、「例外付き禁止派」に近いことになります。従って決して「絶対禁止派」に賛同する訳ではありません。ただ、彼らの主張を公平に理解することは、この問題を考える上で不可欠だと思っています。
我々日本人の感覚では、レイプなどによる強いられた妊娠の場合でも、極度の貧困の中にあって養育の見込みが全く立たない場合でも、妊婦がまだ年端の行かない少女であったとしても、絶対に中絶を行うべきではない、という主張は異常に聞こえますし、そういう主張をするのはとんでもなく酷い人たちなのではないかと思いたくなるのも、無理からぬことだと思います。でも、「過激派」、「絶対禁止派」は少数派だとは言え、かなりのボリュームで存在しますから、決して特殊な思想に染まった極端な少数の人たちという訳ではありません。
「絶対禁止派」の論理
それでは何故「絶対禁止派」の人たちはそこまで徹底した立場をとるのでしょうか。これは、彼らが敬虔なクリスチャンでありことと深く関係しています。彼らにとって、新たな命を宿すかどうかは神様がお決めになることであり、ある女性の胎内に命が宿ったということは、神様がその子がこの世に生まれてくるのが良いと判断されたということなのです。多くのコンサーバティブの女性が出産して母親になることにやや大げさなまでに感動するのは、その子を無事に生み育てることが、神様の御心に従い、神様の意志をこの地上で実現することに他ならないからなのです。勿論、人によってどの程度深刻に受け取るかの違いはあるにせよ、基本的な認識としては「胎児は神が授けたもの」という発想がベースにあります。
従って当然のことながら、妊娠中絶はその胎児の命を宿された神の御心に逆らい、その意思を踏みにじる行為だということになるのです。
そしてここからが非常に大事なところなのですが、子どもを無事に生まれさせ、立派に育てることは、神の意志を実現することですから、そんな重大な使命に関する責任を、当の妊婦やその家族・縁者だけに負わせることなどできる訳がありません。困難な状況で妊娠した女性を最大限支援し、胎児が無事に生まれ育つようにする責任は、何しろ神様がお決めになったことですから、まず第一義的には教会が持つべきだし、教会を通じて全キリスト教徒が分かち合うべきものなのです。ここにも、アメリカン・コンサーバティブの思想の根底にある「We are responsible」という発想が働いているのです。
「絶対禁止派」は間違いなく、如何なる状況での妊娠中絶も認めません。その一方で、決して当事者に責任を負わせ何かを要求するのではなく、自分たちが当事者を支えなければいけないと考えます。なお、最近になって妊婦自身に無条件に刑事責任を問うような極端な主張が見られるようになったと聞きますが、プロライフやコンサーバティブのほとんどから拒絶されており、昔からのプロライフの「絶対禁止派」と同一視すべきではありません。
「絶対禁止派」の活動
上記のような思想に基づいて、米国では教会による養育施設の運営や養育できる見込みが無い子の里親探しなどが、広範に行われてきました。日本ではあまり知られていませんが、この里子を受け入れて養育する文化は米国社会に深く根付いています。保守系メディアFOXニュースの人気キャスター、ローラ・イングラムは50代の独身女性ですが、3人の里子を養育していることを公表していますし、保守派の最高裁判事エイミー・コーニー・バレットは、任官の際、自分が生んだ4人の子どもと里子として受け入れた4人の子どもを夫とともに育てている大家族ぶりが話題になりました。
教会と並んで大規模な妊産婦支援、特に不幸な形で妊娠した女性のケアとサポートを担っているのが「Pregnancy Center」(妊娠センター)です。これは、プロライフによって設立された非営利団体ですが、全米に(Wikipediaによれば)2,500~4,000か所の医療機関兼妊婦支援施設を開設している非常に大規模な組織です。人工妊娠中絶手術を実施している医療機関の数が全米で800か所余りだということですから、どれだけ大きな団体かお分かりになると思います。目的としては、妊娠した女性が中絶を選ばなくても良いように、必要な医療的、経済的その他あらゆる支援を提供することです。実際、診療所として妊娠検査から始まる一連の診断・検査を行うほか、妊婦へのカウンセリング、資金援助や必要な物資の提供、居住支援、そして教会と協力しての里親探しなど、広範な活動を行っています。
RvW判決によって、制度的に中絶を禁止する道を断たれたプロライフ、特に絶対禁止派が、妊産婦支援によって実質的に中絶を選ぶ女性を無くそうという方向に走ったのは自然な流れだと思います。そして、やむを得ざる事情でそうなったとしても、政治運動から社会活動に軸足を移したことは、結果的に大きな効果を生みました。例外を認めるべきだと考える穏健派も、不幸な妊娠をした女性に支援の手を差し伸べることには全面的に賛成できますから、全プロライフが一致して行動することになり、この社会活動は巨額のドネーションを得て拡大していくことになりました。
Kathy Barnetteという存在
ここで、日本では余り馴染のないKathy Barnetteと言う人物をご紹介したいと思います。Kathy Barnetteは、保守系メディアで活躍する政治コメンテーターで、2022年ペンシルバニア州選出の連邦上院議員選挙に立候補し、共和党の予備選で敗退しました。彼女は、自分の母親がまだ11歳の時にレイプ被害を受けた結果としてこの世に生を受けた子供であったことを公表しています。BvW判決に2年先立つ1971年の生まれです。そして、中絶の道を選ばずに自分を生み育ててくれた母親に深く感謝すると述べるとともに、プロライフの立場を鮮明にしています。米国で、連邦上院議員の候補者にまで辿り着くのも大変なことですし、敗れたとは言っても全体で3位の得票数を記録していますから、惨敗という訳ではありません。その意味で、レイプ被害の結果として不幸な身ごもり方をした子供であっても、ここまでのことができることを示したと言って良いと思います。
中絶されてもおかしくない環境を経て生まれてきた子供が皆Kathy Barnetteのように成功する訳ではありません。逆に同じような境遇で成功した人物はKathy Barnetteだけではないでしょう。しかし、ここにプロライフとプロチョイスの決定的な非対称性があるのは明らかです。プロライフは子供をこの世に生み出す運動ですから、生まれてきた子供が、中絶を選ばなかった両親やそのために支援をしてくれた人々に感謝して次世代のプロライフになっていくことが、小さくない確率で起こると考えられますし、Kathy Barnetteのような成功例が出れば、それがロールモデルになって、次世代の意識に影響することもあり得ます。つまり、プロライフには自然な形での世代間継承が起こりやすいのですが、プロチョイスにはこういう現象は理論上起こりません。
この現象を考慮すると、プロチョイスの一部が主張するように、「女性の権利意識が高まり、自らの身体に対する自己決定権が強く求められるようになるに従って、古い宗教観に基づいたプロライフは衰退していく」ことになるかどうかは、予断を許さないと言って良いでしょう。
不透明な未来
2022年8月、カンサス州で憲法改正に関する住民投票が行われ、妊娠中絶に対する強い禁止を含む改正案が、およそ60%の反対で否決されました。カンサス州は保守派の強い土地柄で、選挙ではほぼ常に共和党が勝っている州ですから、この結果はかなり驚きを持って受け止められました。私には、投票結果を分析するだけの情報も能力もありませんから、何故このような結果になったのかについてはコメントしません。ただ、私の個人的な感想・推測としては、RvW判決と言うプロライフとプロチョイスを分断していた軛が外れた結果、プロライフでありながらあまり強い規制を望まない「穏健派」の存在が改めて浮上してきたのかな、と感じました。この問題については、まだまだ米国で議論百出し、事態は流動的です。
私たちは、自分たちが当事者ではないという節度を保ち、様々な主張を公平に聞きながら、できるだけ客観的に推移を見守っていく必要があると思います。そのために、この記事が少しでも参考になれば幸いです。
アメリカンコンサーバティブ
コンサーバティブを知る必要性
その1小さな政府
その2政教分離
その3コンサーバティブ・ウーマン
その4資本主義と市場
その5妊娠中絶問題の前提

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