米国東部時間2026年7月16日に、米国政府は「Election Integrity」(選挙の真正性)のタイトルの元に2020年米国大統領選挙に対する外国の関与などの問題に関する公文書の公開を行いました。ここで、この2020年米国大統領選挙で、間違いなく大規模な不正が行われたかどうかについては判断を差し控えますが、それが私にとって英語その他の外国語ができることの意味を改めて痛感させる経験だったことは間違いありません。
2020年に私が経験したこと
11月3日に行われた米国大統領選挙を巡っては、投票日の翌日から騒然たる雰囲気に包まれることになりました。この時は、二期目を目指す現職のトランプ大統領に民主党のバイデン候補が挑む形です。私としてはネット情報で開票速報を見ていて、選挙前に得ていた情報とうまく整合しない状況だったことから、この状況について当の米国人たちはどう考えているのだろうと英語でネットやSNSを覗いてみて、何だか大変な状況になっているのを知ったのでした。
この時期非常によく目にしたのが「irregularity」という単語です。最初は何かがおかしいという感じだったのですが、時間が経つにつれて、また私が多くの情報に当たるにつれて「irregularity」の内容が具体的になっていきました。深夜の特定の時間帯だけ異常に速く(他の時間帯の10倍など)進み、その時間帯に開票された票のほとんどがバイデン候補の得票になっている、同候補の得票数が統計学の法則(ベンフォードの法則)に合致しない、特定の地域の投票率が100%に近くなっているなどの指摘があったのを覚えています。
やがて、自分が実際に投票所・開票所で目にしたり耳にしたりした情報の報告が相次ぐようになります。投票立会人が開票所から退出を命じられた、開票所の裏に投票用紙と思しきものを積んだトラックが着いた、開票係員をやっていて監督官から不可解な指示を受けた、といった証言がありました。また、開票係員が、開票所から立会人を退出させ、その窓にボール紙を貼って中を見えなくする様子をスマートフォンのカメラで写した映像などが拡散されていました。
そしてこの時、それまで知らなかった「affidavit」という単語を知ることになります。「宣誓供述書」と訳されているようですが、重要な証言をするに当たって、その証言内容に虚偽があった場合には処罰されることを前提にして真実性を保証するものです。選挙の「irregularity」に関する「affidavit」の提出数が、日を追って何十通、何百通と増えていきました。当然、選挙の「irregularity」を否定する人たちもいて、喧々囂々の議論が巻き起こっていたことは言うまでもありません。
選挙の影響
騒然とした議論はやがて政治の場に移行し、一部の州では選挙事務局が認定した当選者とは別の当選者を議会が認定し、一つの州から2つの選挙人名簿が連邦議会に送られる事態になりましたし、多くの州が連名で他の州を訴える訴訟にも発展しました。結局、大混乱に陥った大統領選挙は、2025年1月に連邦議会が選挙結果を認定し、バイデン氏が第46代米国大統領に就任することで終局を迎えました。その意味では、この時点で選挙の正当性については結論が出たと言えるのですが、選挙の「irregularity」を主張した側が納得したわけでは全くありません。大規模な不正選挙が行われて、バイデン氏と民主党が選挙結果を簒奪したのだと捉えている米国人は、全体の半数近くに上ります。
この人たちは、その後のFBIによるトランプ宅の捜索や、トランプ氏に対する訴訟、トランプ氏の暗殺未遂までを不正選挙から続く一連の事態、トランプ氏を大統領にさせないための工作だと考えています。また、選挙の「irregularity」を巡って、自分がその目で見たりその耳で聞いたりしたことをメディアと政府機関に頭ごなしに否定されたと感じている人も数多く、そういう人はもはやメディアの報道も政府機関の発表も全く信用しません。そして上記を前提にすれば、そうした人たちの「次の選挙で再び大規模な不正を許してはいけない」という思いが、2024年のトランプ氏の再選を強く後押ししたことも、非常に蓋然性の高い想定として成り立ちます。そして、これらのことは、「不正選挙」が本当にあったかどうかとは別の問題として、 間違いなく言えることです。
英語が「できない」ことの意味
さて問題は、以上に書いたことは全て私が英語で収集した情報だということです。一応言っておけば、米国にはスペイン語話者が非常に多く、スペイン語のメディアもあるくらいですから、私が英語で収集したのと同様の情報はスペイン語でも得られる状況でした。従って、少なくとも英語及びスペイン語の話者は、関心を持ってアクセスしようとすれば何が起こっているのかを知ることができたのです。ところが、上記に類するような日本語の情報は、当時も今もほとんどありません。日本語しかできなければ、知る由がないのです。日本で日本語だけを使って生活していたら、選挙の「irregularity」の膨大な報告も、「affidavit」の山も、喧々囂々の議論も知らないまま、ただ選挙があってバイデン氏が当選したことだけを告げられるしかなかったのです。
これは恐ろしいことだと、その時心底思いました。何が正しいとか間違っているとか、良いとか悪いとかの以前に、日本人も少なからず関心を持っている大きな事件を巡って何が起こっているか、何が語られているかについて、米国人ばかりでなく、北米・中米・南米の全ての国の人がアクセスできる情報を、日本人は日本人であるが故に知り得ないということなのです。そして、選挙に不正があったと考えるにせよそうでないにせよ、「選挙のirregularity」を巡る大混乱があり現在も米国人の中にしこりを残しているという事実を知っているかどうかで、その後発生したそして今後発生する事態に対する見方が全く変わります。
もちろん、日本人で私より英語やスペイン語ができる人は沢山いますから、私と同じ情報にアクセスして知っている人もいるのではないかと思います。ただ如何せん、日本社会全体の中では至って少数派です。しかも、この問題には独特の難しさがあります。日本人で外国語ができる人は全般的な傾向として「国際協調」や「多文化共生」に好意的で、「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領に悪印象を持っていることが多く、「トランプ側」の情報に積極的にアクセスすることが非常に少ないのだと思われます。
私が感じていること
英語が必要になる事情や英語ができるようになりたいと思う動機は人それぞれ、また英語を使ってやりたいことやらなければいけないことも人によって全く違います。それぞれが自分の必要性と目標に向けて、それぞれの努力をすれば良いことは言うまでもありません。ただ、英語その他の外国語ができるようになるに従って、世界の中で自分がアクセスできる情報が増え、自分が知り得ることの幅が広がるのだということは、時々思い出して良いことではないかと思います。
私自身について言えば、50歳を過ぎてから思いもよらないきっかけで「英語ができる」ようになってしまい、2年間の米国勤務を経験して帰ってきて半年後、スペイン語の勉強をしている最中に2020年米国大統領選挙を巡る騒動に遭遇しました。もちろんそれは偶然の巡り合わせ以外の何物でもないのですが、この経験が今日まで続く「何とかして英語ができるようになりたい人を応援したい」という気持ちの底流になっているような気がします。どうやらこれは、私に「漠然とした責任感」を抱かせるきっかけになった事件だったようです。

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