ここでは、TOEICという試験の問題点についてお話しします。しかし、私はTOEICを否定したり軽視したりする訳ではありません。TOEICさんは、人間に例えれば、「悪い人ではないけど深く付き合わない方が良い人」に属するので、距離を置いてドライに付き合った方が良い、ということが私の趣旨です。
私は50代の半ばで初めてTOEICのL&Rテストを受験しましたが、第一印象は、随分珍問、奇問、悪問の類が多いなということでした。でも、事情が分かってくるにつれて、問題の所在が見えてきました。TOEICは、「実用的」な英語を看板にしている(この「実用的な英語」、「使える英語」という発想が日本の英語教育を悪くしたというのが私の意見なのですが、それはまた別の機会にお話しします。)ため、会話や問題文の内容の難易度を上げて、もっとアカデミックなものであったり、専門的なものであったりにすることができません。しかし、毎回のレベル感を揃えて、正答率を一定の範囲に収めようとすると、どうしてもある程度の分量の「難しい問題」が必要になります。その結果、設問の方を工夫して、重箱の隅をつつくような些末なことを聞いてみたり、質問の仕方を捻ってみたり、場合によっては引っかけ問題のようなものすら用意する必要があるということなのだと思います。
言わば、TOEICの出題者は手足を縛られた状態で、困難な課題を与えられているようなものですから、とにもかくにも今日まで日本の英語力診断のスタンダードとして機能してきたのは、瞠目すべきことだと思います。しかし、私たちが出題者の苦労に付き合う必要はありません。特に、既に800点以上の高得点を持っている人が、更に上を目指して満点に近い点を取ろうとすると、結局こういう種類の問題で点を取ろうとすることになり、英語学習としてはお勧めできません。
一方、S&Wテストの方は、まだ歴史が浅いせいもあるでしょうが、正直これでは試験になっていないと感じます。特にスピーキングテストは問題です。スピーキングというのは、誰かに何かを話すからスピーキングなので、一人でヘッドフォンをつけて端末に向かって話すことをスピーキングとは言いません。また、時間制限の余りの厳しさもいただけません。相手が話し終わったとたんにすぐ喋り出し、自分の言いたいことだけを機関銃のようにまくしたてる人は、良いスピーカーではないし、ましてや良いコミュニケーターではありません。この試験形態については、是非関係者に一考をお願いしたいところです。
私はこれまで、TOEICの点数を上げるにはどうしたらよいですか、と聞かれた時には、「大学入試のように取り組んでください」と言ってきました。どの程度の点数を取ればよいかを見極め、過去問を参照し、「傾向と対策」を練った上で、純粋に受験技術として対処する、ということです。英語が使えるようになるかどうかとは切り離して考えた方が得策です。もちろん、どんな努力も無駄にはなりません。でも、TOEICで高得点を取る努力は、皮肉なことに、英語が実際に使えるようになるためには、余り「実用的な」努力とは言えないのです。
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