この「私にとっての『ネイティブ英語』」は、「ネイティブ英語」とは、あなたが従わなければならない規範ではなく、あなたがこれから発見していく未知の宝の山なのだという認識に立って、私自身が発見して面白いと思った「ネイティブ表現」をご紹介するシリーズです。私は外国人であるが故に、ネイティブが使う英語表現に敏感です。ネイティブの話を聞いていて自分の知らなかった表現に出会い、「へえ、こんな言い方をするんだ。面白いな。」、「へえ、こんな表現があるんだ。これは便利だな。」などと思うことが度々あります。そのようにして発見した表現が、私にとっての「ネイティブ英語」・「ネイティブ表現」なのです。そして、そうやって自分が発見した「ネイティブ英語」を引き出しにしまっておくことは、間違いなく自分の表現の幅を広げてくれます。
To be honest
これまでは、ネイティブが使っているのを見聞きして、私が面白いとか便利だとか思った表現をご紹介してきたのですが、これは少し事情が違います。私があまり深く考えず、何の気なしに使った表現が、ネイティブに物凄く驚かれてしまい、「日本人なのに、どうしてこんな表現を使うんだ?」と逆に聞かれてしまったことがあり、それがここでご紹介する「to be honest」なのです。
あまり記憶がはっきりしないのですが、テキサス州サンアントニオで行われていた会議の期間中のことではなかったかと思います。私が所長を務めていたJapan Local Government Centerでは、私が赴任する20年ほど前から米国の自治体関係者を日本に招待し、日本の自治体の現場を見学してもらった上、政策課題などについて議論するという取り組みを行って来ていました。そうして来日した自治体関係者の中には、ありがたいことに訪日をきっかけに日本の自治体のファンになってくれる人が相当数いて、何かにつけて私たちの事務所に便宜を図ってくれていたのですが、その日会食していたピアソン氏もそんな自治体関係者の一人でした。
ピアソン氏の驚き方が余りに印象的だったので、どういう会話の流れだったかの記憶が薄れているのですが、確か日本の自治体に関する質問を受けて、ややネガティブなトーンで答えなければいけないので、冒頭「To be honest,」と切り出したように記憶しています。すると、ピアソン氏も隣にい奥さんも仰天の態で、「Why on earth do you, a Japanese, use such words?」とか何とか聞かれたのだと思います。
「To be honest」は文字通り「正直なところ」という意味で、日常会話で頻繁に使われる「Honestly,」と意味的には同じです。ただ、「Honestly,」が至ってカジュアルに「実はさ」とか「ぶっちゃけた話」というニュアンスで使われるのに対して、「To be honest」はもう少し改まった表現で、本当に言いにくいことを言う時の前置きとしてよく使われます。その時の私は、例えば次のような話をしようとしていたのだと思います。
To be honest, Japanese local governments are not very successful in adapting themselves to cutting-edge IT technology so far even though they have been claiming for years that this issue is a high priority. (正直に言えば、これまでのところ日本の自治体ではIT化があまりうまく行ってはいません。何年も優先課題だとは言い続けてきているのですが。)
どちらかと言えば硬い表現なので、使うとしたらビジネスや学会などの場面になると思いますが、是非一度使ってみてください。私の場合のように、ネイティブが仰天してくれるかもしれません。ただ、ピアソン氏も最後にこう付け加えるのを忘れませんでした。
When politicians say this, they never are actually honest. (政治家がこれを言うときには、絶対正直じゃないけどね。)
まあ、米国人流の皮肉ですが、もしかしたら政治家の方に限っては避けた方が良いかもしれません。
日本語と同じ発想の英語
当たり前のことですが、日本語と英語では発想が全く違います。ただ、局部的に見ると、非常に似たような、場合によっては全く同じ発想で使われている表現もあるのです。例えば、「Paper tiger」が良い例です。米国人が次のようにこの言葉を使うのを見た時には、「へえ、そういう言い方をするんだ」とかなり驚いたのを覚えています。
Consequently, this stubborn attitude only proved China is nothing but a paper tiger.
どういう意味か分かりますか?「この頑固な態度は結果として、中国が(見せかけだけで実質が伴わない強者)以外の何物でもないことを証明しただけだった」ということですが、この「見せかけだけで実質が伴わない強者」のことを日本語で「張り子の虎」というのと同じように、英語では「paper tiger」と言うのです。全く同じ発想だと言って良いでしょう。実は英語の「paper tiger」は中国語が起源なので、「張り子の虎」と地理的にはニアミスをしているのですが、日本の「張り子の虎」は中国起源ではないので、語源的に全く異なる2つの表現が、同じ発想で同じ意味の表現になった非常に面白い例だと言えます。
考えてみれば、上記の例文の中で使った「nothing but」も「~以外の何物でもない」と同じ発想・同じ意味の表現になっています。
さて、もう一つ何故か日本語と全く同じ発想をしていて面白いなと思った英語の表現があります。日本語の「一線を越える」に当たるのが「Cross the line」(Cross a line)です。こちらには、「張り子の虎」のようなニアミス関係すらありません。例えばこんな風に使います。
We have been considering your mocking of George is the sign of intimacy but this time we think you crossed the line. (君がジョージをからかうのは仲の良さの表れだと考えて来たけど、今回は一線を越えてしまったと思うよ。)
このほか、同じではないけれども極めてよく似た発想の表現に「add fuel to the fire」=「火に油を注ぐ」などがあります。これらの表現は、丸々日本語の同じ趣旨の表現に代替させて使えますので、是非使ってみてください。
この後も時々、私にとっての「ネイティブ表現」をシリーズで掲載しますので、お読みいただければ幸いです。

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