ここでは、私が米国と日本の文化の一番ベーシックな違いだと考えることについてお話しします。いろいろな見方はあり得るでしょうか、2年間生活した経験を踏まえて、私はこういう風に考えています。
1 よけない、どかない、つめない
米国人の「よけない、どかない、つめない」は徹底していてとにかく邪魔くさいことこの上ないのですが、それに加えて実にはた迷惑な場所に平気で立っていたりします。地下鉄の扉の真ん前に立ってドアが開いてもどこうとしない人や、回転ドア(米国では防犯上の理由で、一度に一人しか通れない回転ドアを採用しているビルが非常に多いです。)から出られなくなるような位置に立っている人を頻繁に見かけます。
ところが、そこを通るために「Excuse me.」と声をかけると、例外なく「Oh, sorry」などと言いながら、微笑んで場所を譲ってくれます。日本では、米国ほど邪魔な位置にどでんと構えている人が多くない一方、「すみません」と声をかけると嫌な顔をして睨み返されることがたまにありますが、米国ではそういうことはまずありません。
2 事前準備社会と事後処理社会
私は実はこの一見些細な態度の違いに、日米文化の一番根本的な違いが横たわっているのではないかと思っています。それは、日本が「事前準備社会」なのに対して、米国は「事後処理社会」だということです。日本では、何ごとにつけ先々のことを考えて予め準備をしておくことが求められるのに対して、米国では基本的に問題が起きてから考えるのが基本です。先ほどの例でいえば、日本では予め人の邪魔にならないように配慮することを良しとしますが、米国では人の邪魔になっていることが分かった時点で適切な行動をとることが重視されます。これは私の推測ですが、米国はルールや慣習が違う多くの人が移民してきて成立した社会なので、予めルールを決めておいたり起こるべき結果を予想したりすることが難しく、何ごとも「事後処理」せざるを得なかったことが、こういう文化の違いにつながっているのではないかと思います。
3 米国人に対する印象と現実
米国人というと、自立していて付和雷同せず、ポジティブでフレンドリーな反面、自己主張が強く、余り他人に頓着しないという印象がありますが、これらは全て「問題が起きる前」の米国人であって、事前にはものを考えないからこそ取れる態度なのです。いざ、問題が起こって、何とかしなければならくなってからの米国人は、長いものに巻かれてみたり、人に頼ったり、時として卑屈になったり、過剰に他人を気にしたり、総じて日本人とやることはあまり変わりません。もちろん、こういう一般論で語れないくらい個人差が大きいことも、日本人と同じです。
4 どっちもどっち
米国人がこの「事後処理」文化を必ずしも良いと思っていないことは、日本人が「事前準備」文化を必ずしも良く思っていないことと同じです。言ってみれば、日本人が日本社会の「杓子定規」がもう少し何とかならないかと感じ、自分たちはもう少し「柔軟性」というものを持った方が良いのではないかと思っているのと同じくらい、米国人は米国社会の「行き当たりばったり」がもう少し何とかならないかと感じ、自分たちはもう少し「計画性」というものを持った方が良いのではないかと思っているのです。
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