ここでご紹介するのは、決して保守派の経済学者の見解ではありません。そんなことをするのは私の力量の範囲を超えますし、仮にできたとしても軽く書物一冊分の分量になるでしょう。ここでは、資本主義や市場メカニズムの優位性について、一般のコンサーバティブの間でどんなことが語られているか、というお話をしたいと思います。その中には、経済学者が一般人向けにやさしく解説した内容なども含みますが、決して「経済学」の議論ではないことを、予めご了解いただきたいと思います。
市場万能主義
最初に、是非誤解を解いておきたいのですが、米国の保守派の中に「市場万能主義者」が存在するかのような物言いが、盛んにされた時期がかつてありました。今でも、ともするとそれに近いような表現を目にすることがあります。しかし、この点は断言して良いと思いますが、どんなに極端なコンサーバティブであっても、「市場は万能で、規制を取り払って市場メカニズムを完全に発揮させれば、全ての問題が解決する」と考えている人はいません。国により文化によって保守派の立場も色々ですが、世の中の「全ての問題が解決しうる」と考えているならその人は保守ではない、と言うことは共通して言えると思います。米国のコンサーバティブの一番極端な意見としても、「市場を通じた解決よりも優れた問題解決の方法はない」という辺りがせいぜいではないでしょうか。
資本主義擁護論の性格
そもそも経済に関する議論において、コンサーバティブは受動的な立場に置かれていると考えていただいた方が良いと思います。左派、社会主義者からの資本主義批判に対して、市場メカニズムと資本主義そのものを擁護するというのが議論の目的で、コンサーバティブの側から積極的に「経済はこうあるべきだ」という主張を展開しているわけではありません。「資本主義は資源を浪費する非効率なシステムだ」と言う批判に対抗して市場メカニズムの効率性を論じ、「資本主義が格差と貧困を拡大する」という指摘に対して貧困の解消に資本主義が果たした役割を強調し、「資本主義は利己的な動機に立脚した不道徳な体制だ」という批判に対して資本主義の道徳性を擁護する、というのがコンサーバティブ側の議論のあり方です。先ほどの「市場万能主義者」という言葉も、左派の側の資本主義批判に対して一々反論するので、「では、お前らは市場メカニズムが万能だというのか?」と逆切れ気味に貼られたレッテルだと考える方が実態に合っていると思います。
以下、上に挙げた3点について、コンサーバティブの議論を紹介します。
市場の効率性
これについては、「そもそも社会主義国家は経済運営に失敗したではないか」という議論が一般的で、オルタナティブがない以上市場の効率性を議論したって始まらないというのが、一番素朴なコンサーバティブの発想だと思います。もう少し洗練された議論としては、既にアメリカン・コンサーバティブの間でのスタンダードとなっている「I, PENCIL」という小冊子をご覧になるのが良いと思います。Foundation for Economic Educationという団体のサイトで公開されていますので、ご関心のある方は下記のURLからご確認いただければと思います。https://fee.org/ebooks/i-pencil
読みになれば分かるように、1本の鉛筆を作るためにどれだけ世界中の様々な資源、生産物、労働の間での調整が必要になるかを示した上、市場メカニズム以上に効率的にこの調整を行い、この世に鉛筆を生み出せるものはないことを主張したものです。
フードロスの問題のように、市場メカニズムを通じた需給関係の調整にも限界があり、食料に困窮する人が存在する一方で大量の食糧が廃棄されるという現象が現に起きています。この点に注目して、資本主義は本当に効率的なシステムなのかと疑問視するのも無理からぬ発想かと思います。勿論、コンサーバティブ側もそうした問題の存在を認めないわけではありません。論点は、では市場メカニズムに頼らないで、副作用を最小限にして問題を解決できるような方法があるのかどうか、と言うことになると思います。そして、そのような方法はないというのが、コンサーバティブの立場なのです。
資本主義は人を豊かにした
コンサーバティブの主張に、「資本主義はむしろ社会と人を豊かにした」という議論があります。これは、社会主義者の「資本主義によって、富める者はますます富み、貧しいものはますます貧窮する」という主張が事実によって反駁されているということを示そうとするものです。「富める者がますます富んだ」ことは間違いなく事実だけれども、「貧しいものがますます貧窮した」ということは事実ではなく、実は市場経済の浸透に伴って下層及び最下層の生活水準はむしろ向上し、社会全体として豊かになっている、というのが彼らの主張です。
ここでは、この主張がデータによってどの程度まで支持されるのかという点については、余りに煩雑になるので踏み込みません。(一応世界銀行の統計でも、1990年以降の極度の貧困率は市場経済の浸透とともに大きく減少しているとは言えます。)ただ、コンサーバティブの人たちがそのように考えている、ということをご理解いただければ十分です。一方で、上層と下層の間の「格差が拡大している」ことは、もちろん彼らも認めます。ただここは価値観の問題で、コンサーバティブは「格差」を悪いもの、小さい方が良いものとは必ずしも考えません。成功者には相応の報酬があって当然だというのが、概ね共通見解になっていると思います。これは、次の「資本主義の道徳性」の問題と深く関係しています。
資本主義の道徳性
コンサーバティブの発想では、道徳性の面でも資本主義は優れた体制だと考えられています。確かに、市場メカニズムが「利己的な動機」に立脚しているとは言えるけれども、市場において成功するためには、誰かが自分の提供する商品やサービスを買ってくれる必要がある、言い換えれば「利己的な動機」を満足させるために、誰かを喜ばせたり少し幸せにしたりする必要があるのが資本主義社会なのだ、というのが彼らの主張です。「利己的な動機」を「利他的な行動」に変換させるのが市場メカニズムであり、だからこそ資本主義は道徳的にも優れた体制なのです。
そうであれば、市場において成功し巨万の富を築くことは、それだけ多くの人を喜ばせまた幸せにした結果なので、その報酬は当然、彼の社会への貢献に見合ったものであり、正当なものである訳です。一方、社会主義や昔の絶対王政のような中央集権的な体制では、権力を握るものと巧みに結託することで富を得ることができる。それは正当な報酬とは言えない、という訳です。
ここで紹介したコンサーバティブの発想に賛同できない人は勿論多いと思いますし、様々な反論があることと思います。私自身も必ずしも彼らの議論に納得しているわけではありません。ただ、賛成するにしろ反対するにしろ、彼らがそのように考えているという事実は変えられません。相手の主張を一旦そのものとして受け止めた上で、賛同するなり反論するなり判断を留保するなりするのでなければ、生産的な議論になりません。その意味で、この記事が少しでも皆さんのお役に立てたらよいと思います。
アメリカンコンサーバティブ
コンサーバティブを知る必要性
その1小さな政府
その2政教分離
その3コンサーバティブ・ウーマン
その5妊娠中絶問題の前提
その6プロライフ(妊娠中絶反対派)の思想

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