これは、「私の英語遍歴の原点-大島の国際優秀つばき園」の続きです。
英語への取り組み
3つの認定候補のうち都立大島高校には、当然英語の先生もいらっしゃるし、米国人ALTのジェームズ君もいるということで、英国人の審査員への対応は全部お任せして、大島支庁では、自ら管理する都立大島公園と実質的に社長の山下さんが一人でやっている椿花ガーデンの2か所についての英語の説明を作ることにしました。それだけでも非常に大変で、職員に任せられるのはそこまででした。
自分でやろうと決める
しかし、こちらからの言わば公式の説明以外にも、行程の説明とかメンバーや島の関係者の紹介など言わなければいけないことがありますし、案内の途中で質問されたことには答えないといけません。また、町長・町議会議長以下町の有力者、椿関係者に出席をお願いして歓迎パーティをやったので、その場での司会原稿やスピーチの翻訳など、準備すべきことは次々に出てきます。更に、私がパーティの主催者なので、冒頭で趣旨説明を含めてスピーチをする必要があります。そういう部分については基本的に自分で何とかしようと努めました。
「英語ができないまま乗り切る」作戦
作戦は明確です。「英語ができないまま乗り切る」、それだけでした。ジェニファーさんが審査にいらっしゃるのが10月、準備を始めたのが7月。英語の勉強から始めていたらとても間に合いません。とにかく、言わなければいけない可能性のある表現を全て列挙し、こういう場合はこうする、こういう展開になったらこう対応するというシュミレーションを行っておいて、兎にも角にも相手とのやり取りをしている格好になれば、外見的には「英語ができる」のと同じだろうというのが、自分の心づもりでした。目的はあくまで審査をパスすることであり、英語はそのための手段に過ぎないので、「できるふり」で全く構わないという割り切りが、結果的に成功だったのだと思います。
英語が蘇る
ただ、その3か月間は隙間時間があれば、朝から晩までずっと英語のことを考えている状態でした。そうすると不思議なもので、学校で習った英語が次々に記憶に蘇ってきます。学校での英語の成績は悪くなかったのですが、30年も経ってからこんなに鮮明に記憶が蘇るものだとは思いもしませんでした。
結果として、審査員のジェニファーさんには非常に高い評価をいただき、国際優秀つばき園の認定に向けて大きく前進することができました。そして私は、「英語ができる人」になってしまったのです。
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