おばあちゃんたちのきれいな英語

 ここでは、学校で習うような英語をネイティブは使わないという批判について、私の経験を踏まえて考えてみたいと思います。

「学校英語は使われない」という誤解

 最近は、学校で「使える英語」を教えようとしているので事情が違ってきているかも知れませんが、私たちが若い頃には、「学校で習うような文法に則った馬鹿丁寧な英語は、ネイティブは全く使わない」という批判をよく耳にしましたし、学校で習った通りに喋ったらネイティブに馬鹿にされるなどと言われたものです。また、今でも「ネイティブがよく使う英語表現」のような情報が流れているので、昔ほどあからさまに学校英語を批判する意図はないにせよ、「本当の英語」は私たちが学んでいる英語と違うんだ、という意識はまだ根強いのかもしれません。

アラバマで出会った“教科書のような英語”

 さて、私は滞米中一度だけ、全米つばき協会(略称ACS)の年次総会に参加したことがあります。米国中の椿の花の愛好家の集まりで、その年はアラバマ州のモビールという町で開催されました。椿の花は日本が原産ですが、いまや全世界で栽培され、何万種という園芸品種が開発されています。大きくて派手な花が好きな米国人が開発したものには、これが椿かと見紛うくらい豪華なものも多いです。ただ、椿の栽培には、それなりの広い土地とお金と時間が必要なので、参加者の半数以上は、品の良いおばあちゃんたちでした。しかも、椿の北限は米国ではバージニア州くらいなので、カリフォルニアとアラバマ、ジョージア、フロリダなど南東部の諸州からの参加者が大半を占めていました。

丁寧な英語はむしろ聞き取りやすい

 さて、このおばあちゃんたちの英語が実に聞き取りやすい。大会期間中、リスニングに関するプレッシャーはほぼゼロでした。どういうことかというと、まず文の構造がきちんとしていて明快です。それに、高齢者だからゆっくり喋るということもあるでしょうが、総じて発音が明晰で聞き取れない音がない。正に「教科書的な」とか「学校で習うような」という形容がぴったりの英語だったからです。日本でも、私たちの世代は今の若い人たちより余程厳しく「言葉づかい」を注意されましたし、私より上の世代はもっと厳しくしつけられました。恐らく同じことが米国でも起こっているのだろうな、と思いながら、おばあちゃんたちとの会話を楽しませてもらいました。

日本語でも同じことが起きている

 考えてみれば、「言葉づかい」は綺麗なのに越したことはありません。外国人が日本語で、「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか。」と言えば良いところ、「少々お伺いしたいことがあるのですが、よろしゅうございますか。」などと聞いてきたとします。あなたは馬鹿にしますか?もちろん幾分滑稽には感じるでしょうが、馬鹿にするよりは感心して、こんな風に聞きたくなりませんか?「あなたは、その立派な日本語をどこで覚えたのですか?」

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