「仮説思考」と「語学」を結びつけることを意外だと感じる方も多いのではないでしょうか。ここでは、なぜ、語学の習得にこそ「仮説思考」が有効なのかについて説明します。
1 仮説思考のもう一つのメリット
内田和成さんのロングセラー「仮説思考」(2006年東洋経済新報社)では、仮説思考の効用としてスピードと精度が強調されている印象があります。内田さんご自身のお仕事であるコンサルティング業務のことを考えれば、「短時間でより良い結論にたどり着く」ということを非常に重要視されているのは、もっともなことだと思います。しかし、内田さんは余り明示的に扱っていらっしゃいませんが、「仮説思考」にはもう一つの大きなメリットがあるのです。それは、いつまでもずっと思考をレベルアップし続けていけるということです。
2 正解思考の落とし穴
「正解思考」では、思考プロセスは「正解」にたどり着いたら終わりです。実際には、全くの「正解」にたどり着けることは稀で、「一番正解に近いと思われる答え」にたどり着いたところで終わりになるのが普通ではないでしょうか。しかし、今現在全てのデータがある答えが「正解」であることを指示していたとしても、次に入ってくるデータがその答えを否定する可能性は常に残ります。単純にそのデータを見落としていたというケースもあるでしょうし、何らかの事情の変化があったことをそのデータが示唆しているケースもあるでしょう。
そんな時、一旦「正解」とした答えを見直すのは容易ではありません。本気でやろうとすれば、そのデータは見落とされていたのか、事情の変化を示唆しているのか。見落としていたとすれば、他に見落としたデータはないのか。事情の変化があったとすれば、そのことを確認するために他のどんなデータが必要かという、膨大なデータ収集と検討作業が必要になります。そうなると人情として不都合なデータから眼を背けたくなるのは自然なことです。
一方、「仮説思考」であれば、そのデータに適合するように仮説を修正すれば終わりです。新しい仮説を否定するようなデータが更に出てきたときも同様です。このプロセスをいつまでも繰り返せばよいのです。
3 仮説思考と語学
さて、言葉は生き物です。その姿は限りなく多様で、しかも絶えず変化しています。そして、「より良い表現」や「より的確な言い方」は常に存在しますが、「正しい言い方」というものはありません。しかし、「間違った言い方」は存在します。「間違った言い方」を排除し、「より良い表現」を追求する努力を限りなく継続する中で、私たちの言語能力は鍛えられ、レベルアップしていくのです。それは母語でも外国語でも全く変わりません。
正解はないけれども誤謬はある世界、正誤に関係なくより良いものを生み出していける世界、それこそがカール・ポパーが発見した「自然科学」の世界像でした。これは、言語の世界と非常によく似ています。そして、その世界を支えているものこそが「仮説思考」に他なりません。
最後は少々飛躍した話になりましたが、趣旨はご理解していただけたでしょうか。「仮説思考」は、語学という終わりなき旅を、止まらず、迷わず、楽しみ続けるためのガイドなのです。
こちらに、単語、文法、発音、リスニングについての記事があります。
次の記事には英語表現の紹介があります。
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