「英語の中のラテン語」に関係するラテン語の文章

私にとっての「ネイティブ表現」その4

 この「私にとっての『ネイティブ英語』」は、「ネイティブ英語」とは、あなたが従わなければならない規範ではなく、あなたがこれから発見していく未知の宝の山なのだという認識に立って、私自身が発見して面白いと思った「ネイティブ表現」をご紹介するシリーズです。私は外国人であるが故に、ネイティブが使う英語表現に敏感です。ネイティブの話を聞いていて自分の知らなかった表現に出会い、「へえ、こんな言い方をするんだ。面白いな。」、「へえ、こんな表現があるんだ。これは便利だな。」などと思うことが度々あります。そのようにして発見した表現が、私にとっての「ネイティブ英語」・「ネイティブ表現」なのです。そして、そうやって自分が発見した「ネイティブ英語」を引き出しにしまっておくことは、間違いなく自分の表現の幅を広げてくれます。

Who cares?

ウェス・ムーア氏の講演会

 滞米中、地方関連団体の全国大会で、2026年4月現在メリーランド州知事を務めているウェス・ムーア氏の講演を聞く機会がありました。当時はまだ知事就任前で、出版した自伝「The other Wes Moore」がベストセラーになった作家として招かれており、自伝に綴られているような自らの経歴と自伝出版前後の事情などについてのお話が中心でした。

 話が出版社とのやりとりに及んだ時ムーア氏は、実は出版社から「本の中身はあなたのものだけれど、本の表紙は私たちのものだ。表紙は本を売るために存在するので、私たちの思い通りにさせてもらう。」と告げられたのだと明かしました。従って、本のタイトルも表紙に表記される以上、著者ではなく出版社が決めると言われたそうです。そして、「The other Wes Moore」というタイトルを告げられた時、「さすがにそれはないんじゃないか」と思ったとムーア氏は言います。というのも、自伝を出版するまでムーア氏は一軍人でしかなく、自分の名前なんか誰も知らないと思っていたからです。その時内心思ったことについて、こんな風に表現しました。
 No one knows Wes Moore. Then, who cares about “the other Wes Moore”?
(誰もウェス・ムーアなんて知らないんだ。誰が「別のウェス・ムーア」に構うっていうんだ。)

ジョークで笑うのは難しい

  ムーア氏の言い方が滑稽だったこともあって、会場がどっと笑いに包まれました。私も大声で笑いました。実は、ジョークで笑うというのはなかなか難しく、私も最後までうまくできなかったことの一つです。一つには、思いがけないタイミングで低くつぶやくように言われることが多い(元国務長官のマイク・パウエル氏の講演が正にそうでした。)ので聞き逃しがちなのと、米国人と日本人の笑いのツボが違うので、全然面白いと思わないことに米国人がどっと笑って初めてジョークだったと気づくことが多いからです。でも、この時は米国人やゲストで来ていた他の国々の人たちと一緒に大いに笑うことができました。

Who cares?を使ってみませんか

 さて、それはさておき、この“Who cares?“も使ってみると、表現の幅が広がるかもしれません。“Who cares?” は「そんなのどうでもいい」という軽い自嘲から、「誰が構うものか」という強い否定まで幅広く使われます。どちらかと言えば強い表現で、穏やかな物言いとは言い難いですが、例えばこんな風に使ってみるのは良いかもしれません。
 Never mind! Who cares about your small misjudgment?
(気にするなよ。誰が君の小さな判断ミスなんかに構うものか。)

英語の中のラテン語

et cetera とad hoc

 米国人が、もしかしたらそれと気づかずにラテン語のまま使っている表現があります。日本語でも使われる「et cetera」や「ad hoc」などは、英語でも普通に使われます。それぞれ英語に直訳すると「and others」、「to this」です。前者はまあ、ラテン語の元の意味合いを残して使われていると言ってよいと思いますが、後者は元の意味からはすっかり離れている、というより、元のラテン語が「これに」というだけの余り大した意味がない言葉なのに、「ad hoc committee」のように「臨時の」とか「場に応じた」という元の言葉にない意味を読み込んでしまっているのです。

Quid pro quo

 実は、私が米国滞在中に非常によく耳にしたラテン語があります。「quid pro quo」です。これも「ad hoc」と同じようにラテン語ではほとんど意味がなく、英語に直訳すれば「what for what」です。実はちょうどその頃米国の政治家が、政府援助と引き換えに他国政府と自分個人の利益になるような取引をしたのではないか、という疑惑が取りざたされていて、その「交換条件」を表す言葉が、このラテン語のままの「quid pro quo」だったのです。これなども、元のラテン語の意味合いからかなり大きく外れた使い方をされている例だと言えるでしょう。

Per seと現代ヨーロッパ言語

 他に、米国で非常によく耳にした言葉として「per se」があります。「それ自体としては」という意味合いで次のように使われます。
Catching a cold is not fatal per se, but it may cause other serious diseases if you don’t take care of yourself.
(風邪をひくこと自体は致命的ではないが、大事にしないと他の深刻な病気を引き起こすかもしれない。)

 この「se」はラテン語で「再帰代名詞」と呼ばれるもので、主として文中で主語と同一のものを受けるときに使われます。ラテン語には3人称の人称代名詞が存在しない(heもsheもなくて3人称はitだけ)ために指示対象が分かりにくいことがある一方、この再帰代名詞のおかげで混乱を防げるケースもあります。例えば英語の次のような文です。

George asked Jack what Emily had asked him.

 この文でGeorgeは、「JackがEmilyに何を聞かれたかたずねた」可能性と、「Jackに自分がEmilyに聞かれたのと同じ質問をした」可能性の両方がありますが、ラテン語ではこういう場合に再帰代名詞と通常の代名詞を使い分けることで明確に区別することができます。尤もこの例が、英語の「下手な表現」に属することは言うまでもありません。できるだけ誤解のない明晰な表現を心掛けるべきことは、どんな言語でも同じです。

 ラテン語自体には再帰動詞(代名動詞)という概念はありませんが、この再帰代名詞が特定の動詞と結びついて特殊な発展を遂げたものが、スペイン語の再帰動詞であり、フランス語の代名動詞です。また、スペイン語はこの「se」をラテン語のように再帰代名詞として使って受動文を作ります。これはなかなか興味深い現象で、例えば、「米国では英語が話されています。」という表現は、
(英語)English is spoken in the US.
(フランス語)On parle anglais aux États-Unis.
(スペイン語)En Estados Unidos se habla inglés.
と、各言語で全く違う構造の文で表現されることになります。

per seを使ってみる

 さて、この「per se」ですが、うまく使うと、ネイティブに「英語ができる」と思わせる上で大いに効果があると思います。ちょっと気取って次のように言ってみるのは如何ですか。
Though this plan is not a bad one per se, I am afraid it may not fit well with the culture of our company.
(この案は、それ自体として悪いものだとは思いませんが、わが社の文化にうまく合わないのではないかと危惧します。)

この後も時々、私にとっての「ネイティブ表現」をシリーズで掲載しますので、お読みいただければ幸いです。

ネイティブ英語の捉え方

私にとっての「ネイティブ表現」その2

私にとっての「ネイティブ表現」その3

私にとっての「ネイティブ表現」その5


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