母語の不思議

 ここでは、米国で体感した第一言語の習得の不思議な特徴についてお話しします。

「母語」と言う表現

 両親から受け継いで、第一言語として習得してきた言語のことを「母語」と呼びますが、これは英語ではMother toungue、スペイン語でlengua materna、フランス語でlangue maternelle、イタリア語でlingua madreで、全て「母親の言葉」という表現になっています。これらは全てラテン語のlingua maternaに由来するとのことです。で、この「母親の言葉」というのが、本当にその通りだなということを図らずも米国生活で実感してしまいました。

異言語カップルの子ども

 米国のそれもニューヨークですから、それぞれが違う母語で育ってきた異言語カップルがたくさんいます。従ってもちろん、異言語カップルの間に生まれてくる子供もいます。「母語」とは良くも言ったもので、そういう異言語カップルの子どもたちは、私が知っている限り例外なく、「母親の言葉」を第一言語として育ちます。そして、その地域で使われている「社会の言語」が父親の母語とも母親の母語とも違う場合、その「社会の言語」が第二言語になります。私が知り合いになったカップルは、お父さんの母語が中国語、お母さんの母語が日本語で、英語が「社会の言語」になっている米国で暮らしているという状態でしたが、この状況で娘さんは、日本語を第一言語、英語を第二言語として育ち、中国語は全く話せないという状態でした。

 その結果、実に面白い現象が発生します。現地で多くの日系人の方とお会いしましたが、「ティファニー・ヨシダ」や「スコット・サイキ」のように名前を見ただけで日系人だと分かる人は、原則日本語が喋れず、名前からは日系人だと分からない人が意外にも日本語のネイティブスピーカーだったりするのです。

第一言語の変化

 ただ、子どもが「母語」を第一言語とするのはどうも幼少期だけで、成長して家庭外の社会とのつながりが増すとともに、急速に「社会の言語」が優勢になり、最終的には英語圏で育てば英語のネイティブスピーカーになっていくということのようです。これは、私の2年間の米国生活では経験できることではなく、あくまでも聞いた話ではありますが。

大島で聞いたニカラグア移民の事例

 とは言え、経験的に思い当たる節が無い訳ではありません。大島にいた頃、ジェームス君の前任だった大島高校のALTの青年と一度だけ話す機会がありました。彼のご両親はニカラグアからの移民で、彼がごく小さい頃に米国にやって来たそうなのですが、彼が英語のネイティブスピーカーとして育った半面、ご両親はスペイン語話者のままで、彼が20歳を過ぎたその時点でも言葉に苦労していたという話でした。彼は「母語」であるスペイン語もできるので、ご両親の通訳を務めていたようです。

 この事例はまた、大人が「子どもが言葉を覚えるように」外国語を習得することはできない、ということの良い実例にもなっていると思います。

 ともあれ、言語の獲得と言うのは、実に興味深い現象です。

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